戻る

あの夏の味

思い出のものに触れながら眠りにつくと、この森の夢を見る事がある。

お気に入りの玩具でも、とある夏の思い出でも。

気づいた時には、頬を撫でる一筋の風。

木の葉が擦れるカサカサとした音。

小鳥のさえずり。

森の中は明るいのに、空は深い眠りについている。

緑の光が、ぽつぽつと生まれては消えていく。

ひんやりとした空気に混じる、穏やかな草の香り。

遠くに暖かい光が見える。

その光は筋となり足元へ続いている。

ぱちぱち。

光は揺れていて、影の輪郭を曖昧にする。

少しだけ、見てみよう。

湿っぽい地面から足を上げると、少しだけ風がくすぐったい。

足を下ろす。

ざらざらとした葉、ぱりぱりとした葉。

土は柔らかくて歩きやすかった。

光を追いかけると、木炭をつつく人影。

フードを被っていて、表情はよく見えない。

木でできた長杖を持っていて、声は少しガサガサだった。

これは、森の人。

「こ、こんばんは」

「おや、珍しい」

丸太に向かい指を指す。

ザラザラとした丸太。

ゆっくりと指先を滑らせ、私は腰を下ろした。

「マシュマロでもどうだい?」

森の人は私に、木の枝に指したマシュマロを差し出す。

「......どうやって食べれば」

「火の先より少し浮かせて、ちょいと炙ってやるのさ」

枝先にちょこんと取り付けられたマシュマロ。

釣り竿を差し出すように、少しずつ火の上へ。

「そうそう、煙が出てきたら焼けた合図だよ」

私は両手で枝を握り込む。

手のひらに指先が触れる。

「そんな強く握り込まなくて大丈夫」

「こ、こう?」

ステッキを持つみたいに、人差し指を伸ばす。

「そうそう。上手だね」

森の人も、自分のマシュマロを私のマシュマロへ寄せる。

「そのビー玉について、少し聞いてもいいかい?」

「え?」

枝と私の手のひらの間には、いつの間にか丸くてツルツルしたビー玉が握られていた。

「これ......。片付けてたら見つけた......」

「とても大事そうに持っていたから、気になっちゃって」

これは、そう。

「お母さんが最後に買ってくれた、ラムネ」

夏祭り。最後に、一緒にお出かけできた日。

「ほう。美味しかったかい?」

「もちろん。とっても、甘くて。シュワシュワしてて」

少しだけ、しょっぱかった。

「それは良かった。」

森の人は少しうつむくと、マシュマロをひょいとひっくり返す。

「どうしてまだ持っているんだい?」

「......わからない」

私も指先をくるりと回して、マシュマロを返した。

「ただ、なんとなく」

「そう」

マシュマロからは煙が出ていた。

森の人はマシュマロを火から取り上げた。

「もう、大丈夫そうだね」

そして、一口。

「おや、懐かしい」

私も、マシュマロに顔を近づける。

少しあったかくて、甘くて、いい香り。

やけどしないようにそっと、一口。

しゅわ。

あれ?

マシュマロは、夏の味がした。

私は、森の人を見ようとして。

「あの......!」

森の人が、初めて私を見た気がした。

ひゅうと大きな風が吹く。

炎が揺れて、顔がよく見えない。

地面の葉っぱが舞い上がり、視界を覆う。

私は、森と、土の香りに包まれて。

そうして。

起き上がったときには、手のひらからころころと音が2回鳴っていた。